昭和4年、富山県生まれ。
龍谷大学卒業。
日本各地や海外で講演、執筆など。
著書『光に向かって』シリーズ
『なぜ生きる』(監修)
『歎異抄をひらく』など多数。

現代人に欠けているものの一つに、努力精進があげられる。
水が低きにつくように、易きにつこうとする。結果だけをめあてに、一攫千金をユメ見る。
エサをくれる人には、ちぎれるほど尾をふるが、くれぬやつには吠えてかみつく。
人間生活もどうやら、畜生化してきたようだ。
高校や大学が林立していても、知育偏重で、徳育が忘れられているからではなかろうか。
高僧に、ある婦人が、子供の教育をたずねると、
「もう、遅いですね」
「まだ、生まれたばかりですが」
「その子供を、本当に教育しようと思えば、あなたのお母さんから始めねば」
といわれて、驚いたという。
“いくたびも、手間のかかりし、菊の花”
一輪の花が、美しく芳香を放っているのも、一朝一夕ではないのである。
いわんや子宝を、立派な人格者に育成するには、なみたいていの辛苦ではない。
学校教育も、もちろん大切だが、なんといっても、人間形成は家庭教育、とりわけ親の心構えにある。
親の一挙手、一投足で、子供はどうにでもなる、と言えよう。
“ゆりかごを動かす母の手は、やがて国を動かす”
イギリスの古い格言である。
子供を産むだけでは、下等動物と、なんらえらぶところがない。
因果の理法を知らず、放縦邪悪の行為をすれば、この世から、恨み、呪いの苦患を受けねばならぬ。
それは、自身の破滅のみならず、子供をも悲境に追いやることになる。
針が正しく進まねば、糸は正しく縫えるはずがないのだから、親は、姿にかけた教育を、心がけねばならない。
“100以上の、おとぎ話や有益な話を知らなければ、親の資格がない”と、ある教育者は道破する。
おもしろい話の中に、小さい魂に奮発心を喚起させ、不屈の精神を培い、遊惰安逸の妄念を除去して、金剛石を、宝玉に磨きあげるのである。
(『光に向かって100の花束』はじめに より抜粋)


- なぜ生きる
高森顕徹(監修)/明橋大二 伊藤健太郎(共著)
こんな毎日のくり返しに、どんな意味があるのだろう? 忙しい毎日の中、ふと、こんなことを思うことはありませんか。幸福とは? 人生とは? 誰もが一度は抱く疑問に精神科医と哲学者の異色コンビが答えます。

- 歎異抄をひらく
高森顕徹(著)
生き方、人生を見つめ直す時に、手にとりたい日本の名著『歎異抄』の、分かりやすい現代語訳と解説を掲載。古今の解説書が明らかにできなかった『歎異抄』の真意を、親鸞聖人の言葉を示しながら、解き開いてゆきます。
山形県生まれ。
第5回声優アワード 功労賞 受賞

野の花のようにつつましく、さりげない小さな花束たち。ところが、100の花束たちはとてつもないパワーを秘めていた。
鋭く心を揺さぶられたり、優しく慰められたりしながら、夢中で声にしていた。
スタジオのマイクの向こうには、会ったこともないはずの子供たちの顔や、なつかしい人々の顔が浮かんでは消えた。
100の物語を声にして読み進むうちに、私の中にパワーがみなぎってきた。
スタジオに通った暑い夏の日々を忘れない。